S社は化粧品の通信販売会社であり,サーバの保守をT社に委託している。情報システム課のRさんは,CSIRTのメンバーである。
〔S社のシステム構成〕
S社の主な機器を表1に示す。
表1 S社の主な機器(抜粋)
| 機器名 | IPアドレス | 概要 |
|---|
| VPN装置 | (インターネット側) | テレワーク及びT社の保守に用いる。接続した端末には 10.10.200.0/24 のアドレスを払い出す。利用者認証は,ドメインのアカウントのIDとパスワードに加えて多要素認証を行う。ただし,T社用の共用アカウント vendor-m は,T社の保守端末が対応していないので,多要素認証の適用を除外している。 |
| MS1 | 10.10.1.20 | 運用管理用サーバ。情報システム課員とT社の保守員は,リモートデスクトップでMS1にログオンし,MS1から各サーバを操作する。vendor-m はMS1のローカルの管理者グループに所属している。 |
| FS1 | 10.10.1.30 | ファイルサーバ。共有フォルダ“問合せ記録”に,問合せ管理システムから毎月出力したCSVファイル(顧客約700人分の氏名,電話番号,メールアドレス及び問合せ内容)を保管している。クレジットカード番号や健康状態に関する情報は含まない。 |
| プロキシ | 10.10.1.5 | 社内のサーバとPCは,プロキシ経由でだけインターネットに接続できる。 |
| Webサーバ | (DMZ) | 通信販売サイト。WAFを経由して公開している。DMZから社内LANへの通信は,全て禁止している。 |
注記1 サーバとPCにはEDRを導入している。EDRの“ネットワーク隔離”は,EDRの管理サーバとの通信以外の通信を遮断する機能であり,隔離中も端末の電源は入ったままである。
注記2 Windowsのプロセス作成のイベントには,コマンドラインも記録する設定にしている。
注記3 機器の時刻はNTPで同期している。ログの時刻は,VPN装置だけがUTC(協定世界時)で記録し,その他は日本時間(UTC+9時間)で記録する。
情報システム課の小野さんは,ドメイン管理者グループに所属する管理者アカウント adm-ono を使って作業する。10月6日の夕方,小野さんはMS1にリモートデスクトップでログオンして作業した後,ログオフせずに接続を切断したまま退社した。
〔インシデントの発生〕
10月7日 03:12(日本時間),EDRがFS1で“不審なアーカイブの作成と外部への大量送信”のアラートを発報した。Rさんが関係する機器のログを抽出したものを表2〜表5に示す。
表2 VPN装置のログ(抜粋)
2026-10-06 11:58:03 auth-fail user=tanaka-k src=198.51.100.77
2026-10-06 11:58:41 auth-fail user=ito-y src=198.51.100.77
(同じ送信元から,異なる29個のアカウントに対する auth-fail が 12:05:20 まで続く)
2026-10-06 12:06:12 auth-ok user=vendor-m src=198.51.100.77 assigned=10.10.200.15 mfa=exempt
2026-10-06 18:52:40 disconnect user=vendor-m src=198.51.100.77 assigned=10.10.200.15
表3 WebサーバのWAFのログ(抜粋)
2026-10-06 20:50:14 block rule=SQLi src=192.0.2.44 uri=/item/search
(同じ送信元からの同種の通信が 20:58:02 まで計214件。全て遮断)
表4 MS1及びFS1のWindowsセキュリティログ(抜粋)
| 機器 | 時刻 | イベントID | 内容 |
|---|
| MS1 | 10/06 17:30:22 | 4624 | ログオンタイプ:10,アカウント:adm-ono,送信元:10.10.1.101(小野さんのPC) |
| MS1 | 10/06 21:10:30 | 4624 | ログオンタイプ:10,アカウント:vendor-m,送信元:10.10.200.15 |
| MS1 | 10/06 21:24:02 | 4688 | アカウント:vendor-m,作成元プロセス:cmd.exe コマンドライン:C:\ProgramData\u\d.exe -ma lsass.exe C:\ProgramData\u\l.dmp |
| FS1 | 10/06 22:31:16 | 4624 | ログオンタイプ:3,アカウント:adm-ono,送信元:10.10.1.20 |
| FS1 | 10/07 02:55:40 | 4688 | アカウント:adm-ono コマンドライン:C:\ProgramData\u\pk.exe a -p******** C:\ProgramData\u\q.dat D:\share\問合せ記録* |
| FS1 | 10/07 03:04:12 | 4688 | アカウント:adm-ono コマンドライン:C:\ProgramData\u\rc.exe copy C:\ProgramData\u\q.dat st:bk01 |
注記 4624はログオンの成功,4688はプロセスの作成を表し,ログオン先(実行先)の機器で記録される。ログオンタイプ3はネットワークから,10はリモートデスクトップによるログオンを表す。
表5 プロキシのログ(抜粋)
| 時刻 | 送信元 | 宛先 | 送信量 |
|---|
| 10/07 03:04:15〜03:41:52 | 10.10.1.30 | CONNECT st.example.net:443 | 2.1GB |
注記 st.example.net はクラウドストレージサービスのドメインである。S社はこのサービスを業務で利用していない。
Rさんは,ログの分析結果を図1のメモにまとめた。
図1 ログの分析結果(Rさんのメモ)
- 攻撃者は,多数のアカウントに対してパスワードを試行した後,多要素認証が除外されている vendor-m でVPN接続に成功した。S社のネットワークに最初に侵入した時刻は,日本時間の10月6日【 a 】と判断する。
- 攻撃者は,VPNで払い出されたアドレスから vendor-m でMS1にログオンし,lsass.exe のメモリをファイルに書き出した。lsass.exe のメモリには,ログオン中の利用者の認証情報が含まれる場合がある。
- FS1への横展開には,【 b 】が使われたと判断する。
- FS1上で共有フォルダ“問合せ記録”をパスワード付きのアーカイブにまとめ,プロキシ経由でクラウドストレージに送信した。通信はHTTPSであり,送信された内容そのものはプロキシのログからは確認できない。
〔初動対応の方針〕
CSIRTの会議で,Rさんは次のように提案した。
「攻撃者は 03:52(日本時間)にVPNを切断しているが,同じ認証情報で再び侵入されるおそれがある。まず【 c 】。次に,MS1とFS1について,揮発性の高いものから順に,【 d 】の順で証拠を保全する。」
小野さんは,「顧客の個人データが外部に送信されたおそれがあるので,個人情報保護委員会への報告の要否を今日中に判断したい」と述べた。